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会長メッセージ  

会長挨拶


大きな転換期を迎えている沿岸域と学会の役割
日本沿岸域学会 会長 青木伸一
東洋建設(株)研究顧問,大阪大学名誉教授


私が会誌編集委員として沿岸域学会と関わり始めた2000年代の初頭は、ちょうど海岸法改正の直後でもあり、沿岸域の見方や価値観が大きく変わった時期ではないかと思います。 また、さまざまな団体が沿岸域のステークホルダーとして登場し、お互いに刺激を受け合ったり連携したりといった、いわゆる協働も活発に行われるようになった時期だったように思います。 早いものでそれから四半世紀が経とうとしていますが、社会はますます加速度的に変化しているように感じます。特に沿岸域は変化に敏感なエリアであり、社会の変化だけでなく、 気候変動、自然災害のインパクト、生態系の変化など様々な変化の影響を受けて、目指すべき姿や解決すべき問題の認識が短期間で大きく変化してきたように思います。 以下では、私が最近気になっている沿岸域を取り巻く変化について、いくつか例をあげて考えてみたいと思います。
 まず、内湾域の水質生態系の問題は、この10年程度の間に180度見方が変わったと言っても過言ではないと思います。 汚濁負荷の増大に伴う内湾の富栄養化問題は1970年代から2010年ごろまでは貧酸素水塊の問題とともに大きな社会課題とされ、水質改善に向けて、さまざまな取り組みや技術開発が行われていました。なかでも、窒素やリンの陸域からの負荷削減は根源的な問題であり、下水道の整備や下水の高度処理が進められてきたところです。しかしながら、近年多くの海域で、栄養塩の不足から一次生産の低下(餌不足)が生じており、それに伴う魚介類の減少が漁業に深刻な影響を与えています。これに対処するために、特定の時期に下水の処理水準を緩めて、必要な栄養塩を海域に供給する取り組みが行われるようになっています。このことは、きれいな海を目指して行ってきた排出規制にやや行き過ぎた面があったことを意味しており、極めて複雑な内湾域の生態系を人間がコントロールし、ほどよくバランスが取れた状態を実現することの難しさを示しています。今後は、どのような状態を目指し、そこにどのように近づけていくべきなのかを考えなければなりませんが、そのためには様々な分野の専門家やステークホルダーの関わりが必要です。
 次に、砂浜の保全についてここ数十年のスパンで振り返ってみると、近年では総合土砂管理による国土保全の一環として海岸の保全が位置付けられ、従来のいわゆるローカルな海岸侵食対策から、より広い視野で対策を考える方向に変わってきていると言えるでしょう。すなわち、海岸侵食として顕在化している問題に対して、すぐに個別に対応するのではなく、これを流砂系のトータルな問題として捉えて総合的に解決する方向で考えなければ、根本的な解決に繋がらないことが次第に明らかになってきたとも言えます。水の問題もそうですが、土砂の問題についても、海の問題は山の問題であり川の問題でもあることが認識され、土砂の流れを意識したサンドバイパスや養浜などの技術が我が国でも一般的に用いられ、また受け入れられるように変わってきました。それに伴って、海岸管理者だけでは解決できない問題も多くなっており、砂浜の保全についても、様々なステークホルダーが連携していくことが求められています。
 港湾域においては、ますます空間の高度利用や沖合展開が進んでいるところですが、気候変動に伴う自然外力の増大と施設の老朽化が同時に進行しており、 港湾の強靱化をどのように進めるかが、これからの大きな課題となっています。港湾域は都市に隣接していることが多く、港湾の防災力の低下は即都市の リスクの増大につながります。さらに近年はカーボンニュートラルの実現が叫ばれており、そのためにはエネルギーの転換が急務とされています。それに伴って、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換に加えて、水素やアンモニアなどの利用 が急ピッチで進められようとしています。その結果、港湾域では、従来の石油やガスに加えてこれらの物質の貯蔵や運搬が増大することが予想され、それによって災害リスクも高まる可能性が高くなっています。この問題も、港湾関係者だけでは解決できない問題であり、多方面での連携・協力が必要とされます。
一方で、以上述べたような問題に取り組む際のアプローチの方法自体も近年大きく変わってきています。情報技術の急速な発達で、DXやAIなどを駆使した新しい技術がどんどん実用化され、従来のように地道に知見を積み重ねて解決策を見出すのではなく、帰納的に最適な解決策を得るようなアプローチが主流になりつつあります。それに伴って、従来の方法ではスピードについていけなくなっているように感じます。従来のアプローチは、物事の本質を理解するためには必ず通らなければならないプロセスのように思うのですが、迅速かつ合理的に社会課題の解決策を見出す方法として、DXやAIが定着してしまうのではないかという気もします。このような手法論についての議論も学会としては必要かもしれませんが、議論している暇もなく進んでいくようにも思います。
 また、情報技術の進歩と関係しているかもしれませんが、近年、沿岸域に求めるものに対する世代間の認識のギャップが大きくなっているような気がします。私が大学を退職する直前の授業で、海岸や港湾の景観について学生にアンケートしたところ、テトラポッドなどの消波ブロックのある風景に若者はほとんど違和感を感じなくなっていることがわかって愕然としました。これまで、自然の海岸に価値を見出して活動してきた研究者や活動家が多いと思いますが、若い世代とはそもそもスタートラインが違うのではないかと思わされることも多く、もう一度沿岸域の価値観から問い直し議論することも必要ではないかと気付かされました。
 以上のように、沿岸域の問題解決のためには以前にもまして多面的・総合的な取り組みが求められるようになってきていること、また解決に向けてのアプローチの仕方も変わってきていること、そもそも価値観自体に世代間ギャップがありそうなこと、などを考え合わせると、今まさに沿岸域は大きな転換期を迎えていると言えるでしょう。転換期を的確にとらえて良い方向に舵を切るためには、やはり人々の連携や協働といったつながりが原動力となることは間違いありません。コロナ禍を経て、オンラインでのコミュニケーションが簡単にできるようになった反面、人と人との触れ合いの大切さにも改めて気付かされました。会員相互の交流が学会の1つの重要な機能であることから、学会としての役割が従来にも増して大きくなっていると感じます。皆様の積極的な学会活動への参加を期待します。

日本沿岸域学会事務局

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