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会長メッセージ  

会長挨拶


「令和時代の沿岸域学会の展望」
 日本沿岸域学会 会長 柴山知也 (早稲田大学教授)


1. 日本沿岸域学会のこれまで
 日本沿岸域学会は昭和63年 1 月に発足し、翌年の平成元年に第一回研究討論会を開催していますので、その30年の歴史は 平成の時代と概ね重なっています。当初は「日本沿岸域会議」として設立され、その後平成 7 年に現在の名称である「日本沿岸域学会」 に改称しています。現在では 300 人を超える正会員、35 社の団体会員、30 名程度の学生会員を擁していて、学会の活動を安定的に運営 できるようになりました。
この間、全国大会で多くの会員皆様とお目にかかれることを、私自身が一会員として毎年楽しみにしてきました。
 私自身が、第一回日本沿岸域会議・研究討論会で、「東京湾の津波計算と海上交通の安全性」という題で研究発表をさせて頂いたことを思 い出しています。30 年前のことですから、再開発途上の、工事中の品川駅からバスに乗って会場(船の科学館だったと思います)を目指しました。 それまでは海岸工学という狭い専門領域にいた自分が、初めて学際的な学会に参加するとになり、新しい学会活動への期待感をよく覚えています。
 学会の歩みは、社会科学、自然科学、人文科学の専門家が結集し、沿岸域という複雑なフィールドをどのように管理していくかを共同で考えるという、30年をかけた長くて壮大な試みであったと言えま。30 年の実践を経て、「沿岸域というフィールドを共しているが、学問枠組や方法論が必ずしも 一致していないそれぞれの分野の専門家たちが、互いの学問分野を深く理解しあえるのか?」という問いに関してはまだ必ずしも最終的な答えが 見つかっていないのであろうと思います。

2.日本沿岸域学会の今後 -- 沿岸防災を例として ---
 本稿では、私の専門分野である沿岸域災害を例として、今後の学会活動の展望を考えてみたいと思います。平成 31 年 2 月に開催された在位 30 周年記念式での上皇陛下のお言葉 の中には平成の時代には多くの災害に襲われたことが述べられていました。また、改元を迎えて、多くの方々が令和の時代が災害のない時代になることを願っているとおっしゃって いたことも印象的でした。
 平成時代の沿岸域での災害を振り返ってみますと、特に後半において沿岸災害が多発していました。津波では平成 16 年インド洋大津波、18 年ジャワ島 中部地震津波、21 年サモア諸島地震津波、22 年チリ津波、同じく 22 年インドネシア・メンタワイ諸島地震津波、23 年東北地方太平洋沖地震津波(東北大震災)、30 年スラベシ島(インドネシア) 津波、同年スンダ海峡(インドネシア)津波などがあげられます。また、高潮を例にとると、平成 17 年アメリカ・カトリーナ高潮、19 年バングラデシュ・シドル高潮、20 年ミャンマー・ ナルギス高潮、24 年アメリカ・ニューヨーク市・サンディ高潮、25 年・フィリピン・ハイヤン高潮、26 年根室の高潮、30 年台風 21 号による大阪湾の高潮など、高潮・高波による災害も頻発しました。これらの災害の実態を分析してみると、沿岸域での自然災害を完全に抑止することは我々の限られた力では困難であることが解りました。これらの経験を踏まえて、令和の時代には自然災害をできるだけ減災し、被害を最小限に止めるための準備 の整った沿岸域を目指したいと思います。

3.日本沿岸域学会の今後の研究課題
 以下では、沿岸域学会全体としての研究の課題について述べていきたいと思います。具体的には長期的な社会変動を読み解き、日本の将来を変えていくような仕組みを社会シス テムの中に作り込んでいくことを今後の学会活動の方向として提案したいと思います。以下の提案は既に日本沿岸域学会誌9巻4号(平成 29 年 3 月刊)において防災分野に限って 概略を私が提案しましたが、会長就任にあたり、学会活動全体の方向性を示すものとして改めて提案したいと思います。 日本社会の長期的変動としては、「社会の構成員の高齢化と少子化」、「地方の過疎化と都市への人口集中の進行」、「社会の多様化とポストモダン社会の実現」などを指摘することができると思います。こうした変化に対応するためには、沿岸域における防災・減災、イ ンフラ施設の整備、環境の保全、沿岸域利用の促進などの諸問題について、未来への対応策を示すことが求められます。一方で研究成果の活用においては、<行政の視点>から< 個人の行動選択の視点>へと視点を転換することが重要であると思います。未来への対応策を示すには、社会全体として時の経過の中で、個人の選択の結果として徐々に最適化が 進んでいくことを目指して、社会変動を導く社会制度を設計するといった観点から研究を進めることが必要と思います。
 上記を具体化していくためには、今後の沿岸域研究においては、個人の合理的な行動選択を支援するような予測技術、可視化技術、計画手法などを提案していくことが求められ ると思います。近年では、ビックデータ、衛星データ、地形データなどの整備が飛躍的に進み、予測能力の高いシミュレーションモデルがオープン・ソースの形式で開発、公開さ れるなど研究の方法は驚くほどの速さで変化しつつあります。AI(人工知能)、機械学習の技術の急速な進歩を沿岸域研究にも取り込んでいくことも変化を促進すると思います。一 方で、研究者の研究スタイルの面からは国際共同研究が多く始まっていて、学会の活動は変革を迫られています。このような変化は、まず若手研究者から始まり、年上の研究者に も伝播していく場合が多いため、特に 40 歳以上の会員は積極的に新しい手法を取り入れて、自らを変えていく努力が求められます。 災害の場合を例示しますと、新たな方法の導入の結果として多くの研究成果がもたらされています。研究の結果として示された定量的な災害リスクの具体的なイメージに沿って、 個人が災害リスクを考慮した行動選択を行い、こうした個人の行動の変化の蓄積が長期的には社会の変動をもたらすことになります。この社会変動により国土利用が変化し、結果 として沿岸災害の総リスクが 10 年単位で低減していくことが期待できます。
 上記に加えて、日本社会は現在、高齢化や人口減少、インフラの老朽化といった課題を抱えています。これからはこれらの課題も視野に入れて沿岸域の利用を再検討し、特に災 害リスクが低くなるような、利用者の利便性が飛躍的に高まるような沿岸域利用を実現していかなければなりません。そのためには、これまで行われてきた行政による災害対応や 沿岸域利用計画の立案・実行だけでは不十分で、生活主体である個人が行動選択の一環として居住地の選択、移動経路の選択などする際に、「災害リスク」や「将来の利便性の向上」などを基準として参照するような仕組みを作ることが不可欠となります。個人が日常的に「災害リスク」「将来への期待」に照らして自分の行動を選択することで、長期的に見れば、 社会のレベルでも災害リスクが徐々に低減され、利便性が向上していくことが実現されると思います。沿岸域の実状に即して、このような社会変動を導く仕組みを提案することは、 沿岸域のよりよい利用を促進してくうえでの重要な施策を提案することになります。今後の学会活動の方向性については、多くの会員と協働して議論を進めていくことが必 要になります。学会の場で積極的な討論が進みますように、皆様のご協力をお願いいたします。
(本稿は日本沿岸域学会誌令和元年 6 月号の巻頭言に掲載した原稿をもとに作成したものです。)

会長柴山知也

日本沿岸域学会事務局

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